関節リウマチは治らない病気だが、症状を安定させることはできる。これを寛解とよんでいる。
まずは寛解を目指そう。
さて、関節リウマチは治らない病気と書いた。骨の変形の話を加えたら、結構怖い病気に見えるでしょう?たしかに、何も手をうたなければ、体中に変形が広がる可能性がある。広がったら寝たきりになる可能性は大。昔はそうだったのだ。20世紀はそうだったのだ。ルノワールは車椅子にくるくる曲がった手指を見せて座っている。
しかし現在は幸い、薬が存在する。これで、炎症をある程度抑えたり、免疫を抑えて、症状を減らし、安定させるのだ。治らないが、症状は安定して、普通の生活が出来るような状況になれば、これをカンカイ(寛解)と呼ぶそうだ。逆に言えば、寛解になっても薬は続けなければならない。病気は体の中にかくれて滞在し続けている。寛解は、治癒(治ったこと)ではないからだ。また寛解が続いても、病状が復活し、ひどくなることもある。治ったわけではないからだ。
しかし、もうちょっとわかりやすい言葉はないもんですかね?寛解って、字で見ても、音で聞いてもわけがわかりませんよね。
でも我々には、普通の状態というのは貴重である。
だから、寛解を目指すのだ。
現在は、病気を放っておいて一度車椅子状態にまでなってしまった患者も、薬で歩けるようになるまで復活出来る可能性がある。ただ、外科的に一度変形した箇所は、戻らない。外科手術で形成はできるが、完璧にはいかない。
寛解状態のリウマチ患者は、一見普通の人のようだ。でも、ある意味では、いつ復活するかわからない休火山みたいなものでもあるのだし、無理をしたら、どこかに炎症が出るかもしれない。まわりに、一見皆と同じだが関節リウマチ持ちの人がいらしたら、うさぎ跳び、サーカス入団、タレント事務所への候補などは避けるよう促して上げてください。
また、関節リウマチだと言っているひとが元気そうにやってきたら、喜んでこき使ったりしないように、よろしくお願いします。病人なんだから。そして、さぼってるなんて思わないで下さい、そこのお母さん。病気をわかってくれない家族って、こたえるんですよ・・・。でね、それがストレスになってね、余計悪化するんですよ。
昔は盲腸は死ぬ病気だった。今は手術できる。(でも、発生を防げるわけではないよね?)医療の発達によって、関節リウマチの治療も、同様の進歩をした。難しい例外は常にあるのだが、昔なら「確実に車椅子か寝たきり生活になるところ」を、薬により、ふつうの生活ができるのである。
ところが、あまり知られていない病気のため、「命を救える盲腸の手術」に匹敵する治療がされていない場合があるように、私には見える。命に関わらず、じわじわと進む病気だが、放っておく手はないのではないか。
でも、もちろん、将来は「治る」病気の一つになることを祈っている。
こんなランクわけがあります。
クラス1:炎症、痛みありだが、健康人同様の生活が出来る。表面的には健康人。
クラス2:動かしにくく多少制限されるが、日常生活は自分でできる。
クラス3:普通の仕事や日常生活がかなり困難、自分では限られたことしかできなくなる、
クラス4:身の回りの自由がほとんどきかず、車椅子にたよるようになる。
私は現在クラス2といって良いと思います。1に限りなく近い2ではないかと。でも、ひどかったときは、明らかにクラス3でした。薬を飲んで、上のクラスに進級するのが一番です。
今日この頃は、クラス1かもしれない、なんて思ったりもするけれど、よく見ると、この二つのクラスの差は、微妙です。「動かしにくく多少制限されるが、日常生活は自分でできる」方が、「炎症、痛みありだが」より、いいような気がするなあ・・・(210205)
2005年夏の今は、けっこうクラス1だと思う。