チョコレート工場長・ウイリー・ウォンカのものがたり
ウォンカ印のチョコレート工場長、ウイリー・ウォンカ。
彼の父親は名の知れた、厳格な歯医者だった。歯並びのため、子供のころ、彼は矯正具をつけさせられていた。それは見るもおぞましい、大きなマシンだった。そんなマシンを顔につけていても、彼もハローウインには、友達とおかしをもらいに、あちこちの家を訪問した。きちんと、小さなウィリーも、お菓子をもらった。
ところが、家に着くなり
「今年の収穫はどうかね? ・・・あめに、ロリーポップに・・・チョコレート!おぞましい!」
「パパ・・・ひとつ食べていい?」
「ダメだ、虫歯になりたいのかね? それに新しい学説では、チョコレートでアレルギーが出るそうだよ」
「ひとつだけ・・・僕はアレルギーじゃないかもしれない」
「どうしてそう、リスクを負いたがるのかね?」
そして、全てのお菓子は、父親が暖炉へ放り込んでしまう。毎年のことだった。
暖炉の灰を片付けていたウィリーは、たった一つ残ったチョコレートをみつけた。周りに誰もいないのを確かめて口に入れる・・・それが始まりだった。その日から、彼は夢中になって、いろんなおかしを味わい、その味を書き留めるようになった。
「僕はお菓子を作りたい!」
「うちからチョコレート屋なんて、出させん!」
もちろん父親は反対だ。
「僕は、いろんな国で、いろんなお貸しを見たいんだ」
ウィリー・ウォンカは家を出た。
戻ってみると、父親の予言どおり、もう、そこには家さえなかった。
若いウィリー・ウォンカは店を出した。通りのかどっこに作った店は小さかったが、大繁盛した。ウィリーが発明した、夢のようなあめや、チョコレートが、どんどん客をひきつけた。店の入り口は小さかったが、その実、裏では多くの従業員が、お菓子作りに精を出していた。
そして、ウィリー・ウォンカは、世界中どこにも存在しない、今までの他のチョコレート工場より、50倍も大きな工場を作った。彼は自慢げに、工場開きのテープを切った。大きなはさみを手にしたウィリー・ウォンカを記者たちが写真におさめ、その記事を書いた新聞が飛ぶように売れた。工場では、何百という人が働いた。ウォンカ印のチョコレートやお菓子は、売れに売れた。
彼は次々と奇抜なアイデアを実現した。溶けないアイスクリーム、大きな風船のできるガム・・・楽しいお菓子を、それが彼の願いだったのだ。卵の形のチョコレートからは、トリが生まれた。インドの王子の願いに答え、チョコレートで巨大な城を作る、ということさえやってのけた。ただ、暑さで城はすぐ溶けてしまい、王子はもう一度ウォンカに来てくれるよう、手紙を書いた。
ところが、インドからの手紙を受け取った頃、ウォンカは大きな問題にぶち当たっていた。ウォンカの成功をねたんだ他の製菓子会社がその秘密を探ろうと、工場へスパイを送り込んでいたのだ。従業員として入り込んだスパイたちは、まんまと人気商品の秘密を探り出した。いつまでも溶けないアイスクリーム、大きな大きなおおきな風船になるチューインガム・・・・・・・メインの通りに、そんな菓子屋が並んでしまった。
ウォンカは従業員を解雇し、工場を閉めた。スピーカから声が流れた、「永久に工場を閉めることにしました。」
・・・「残念です」と小さな声で付け足すのが聞こえた。
しかし、ウィリー・ウォンカは、なにもかもあきらめたわけではなかった。彼はジャングルへ新しい味を追求しに出かけた。
そこで、新しい味を見つける代わり、彼は、ウンパルンパ族にであった。安全のために木の上に住む小さな体の彼らは、カカオの実が、貴重で、大好物だったのだ。コンタクトをとるべく、不気味な毛虫のご馳走をも食べてみせたウィリー・ウォンカは、
「私のところへ一緒に来れば、いくらでもカカオが食べられるよ」と、ウンパルンパに相談を持ちかけた。
ある日、工場の煙突から再び煙が上がるのが見えた。
しかし、以前の従業員の誰も、工場に戻らなかった。人々は不思議がった。ともかくこうして、ウォンカ印のチョコレートが蘇り、また、前のように大人気になった。
信頼できる従業員がそろった。彼らは文句も言わない、スパイもしないウンパルンパだ。カカオが大好きで、チョコレートのために、誠意を尽くしてくれるのだから、裏切らない。
ウォンカは、自分のできる限りの力を、工場に注ぎ込んだ。チョコレートの滝は、前から構想を練っていた念願のものだ。チョコレートの命は、混ぜて雑ぜて混ぜることにある。誰にも邪魔されない自分だけの発明の部屋、実験につきあってくれるウンパルンパたち。
子供のころのように、自分のしたいことを邪魔する父親もいない。ただひとり、好きなお菓子の発明に精を出した。
好きなときに起きて眠り、好きなだけ考えてインスピレーションを探し、好きなだけ発明する。自分ひとりだからできること、信用できるウンパたちといっしょだからこそ、できることだった。
3ヶ月に一度のヘアカットの日。ウォンカは、ふと、落ちた髪の毛に目をやった。そこに一本の白髪があった。お菓子のことしか考えずにいままで突っ走ってきたウィリー・ウォンカにショックが走った。
「今まで、ひとりでこの成功を築いて来た。でも、私がいなくなったら、この工場はどうなってしまうのだろう? ウンパルンパたちは、どうなってしまうのだろう?
・・・・後継者を見つけなくてはならない!」
私の後継者?私のチョコレートの秘密の後継者?どんな人間がいのだろう?
私の言うことを、何も言わずに理解してくれて、ごちゃごちゃ言わずに引き継いでくれる人間が必要だ。
それは、スパイをするようなオトナではない、純粋な子供だ!
ウォンカは、チョコレートに5枚のくじを紛れ込ませることにした。全世界中に、たった5枚の金のチケットが入っている。それが、チョコレート工場見学の招待状なのだ。「5人もいれば、そのうちの一番できの悪くない子供が、あとをついでくれるだろう」
世の中は大騒ぎで、金のチケットが一枚見つかるたび、取材陣が飛んでいった。
チョコレート工場見学の、その日がやってきた。取材陣の前で、長い長い間あかなかったゲートが開いた。
スピーカーから声がする。「ゲートを開けて・・・そのまますすんで・・・」
「ようこそ、私のつつましい工場へ・・・・・・さあ、私は誰でありましょうか・・・」
彼はこの日のために舞台を用意した。ウォンカをたたえる曲をバックに、セルロイドの人形がくるくる回り、踊るのだ。最後には、花火が舞台の上で飛び散る設計だ。そして・・・
まんなかには、ウォンカと書かれた、赤いイスがある。
「なかなかのできじゃないか!特に最後の、人形が溶けるところはうまく行った。」
ウォンカは、見学に来た子どもたちと一緒に舞台を見ていたのだ。
「あなた、誰?」
「ウィリー・ウォンカだよ」
「なんで、あそこにいないのよ」
「あそこじゃあ、舞台がよく見られないじゃないか」
あらためて、ウィリー・ウォンカは、招待客に挨拶しようとした。5人の子供たちと、それぞれの保護者たち。けれど、うまくいかない。長年、ウンパルンパたちと暮らしてきたウォンカが、「“人間”に会う」のは、本当に久しぶりのことだった。「ようこそ、子供たちと、その・・・その・・・」 parents、両親、と言わねばならないのだ。いわなくては。けれど、どうしても、この言葉は学ばなかった単語のように、口から逃げてしまう。
「parents?」
「ええ・・・ママたちと、ダディたち・・・ですね・・・」
(ダディ・・・パパ?)
助け舟を出してくれたひとりの父親をにらみつけながら、ウォンカは、挨拶を続けた。(あらかじめ、挨拶はカードに書き付けておいたのだ。)
何が邪魔なんだろう?なぜ、parentsと言う言葉が出てくれないのだろう? いやいや、ともかく工場見学だ。
「ウォンカさん、覚えておられないかもしれませんが、私はこの工場で働いていたんですよ」
という、年取った保護者がいる。
「では、あの、お菓子の製造の秘密を探りに来た、スパイたちの一人だったのかね?」
「いいえ、違います」
ウォンカは胸をなでおろした「それなら、大いに結構。さあ、見学にいこう」
ウォンカ工場長を先頭に、5人の子供たちと、その保護者一人ずつが暑い工場の中へ入っていった。
突然、ひとりの子供がウォンカに抱きつき、ウォンカは小さな悲鳴をあげた。
「私、ヴァイオレットです、よろしく」
「いや、別に・・・」
「覚えておいてちょうだい、特別賞は、私がもらうんだから」
一難去ったと思う間もなく、太っちょが現れた。「ウォンカ印のチョコレート大好きです」といいながら、チョコレートをむさぼっている。
「ああ、そのようだね」
続いて、お嬢様ヴェルカが上品に名乗り上げる。ああ、そうだ・・・
ウォンカは振り向いた。
「君、マイクだね。うちのシステムに入り込んだだろう」
・・・そして、もうひとり、
「君は、純粋に幸運に恵まれてきたようだね」あの年寄りと一緒に来た、痩せた身なりの、貧しそうな少年だ。
最初の大きなチョコレートの部屋。
ウィリー・ウォンカは、チョコレート製造の一番大事な秘密を語った。工場内にある、巨大なチョコレートの滝。
小さな従業員ウンパルンパとの出会いをきりだすと
「ウンパ国なんてありませんよ」と、話の腰を折る者がいる。マイクの父親だ。
「私は、中学の地理を教えているんですが、そんな国、きいたこともないですよ」
「それなら、この大変な国のことはよくご存知でしょう」 (・・・これだから、おとなはうっとおしい。)
また目線の会ったヴェルカの父親。なんとも不思議そうにウィリー・ウォンカを眺めている。何か言いたげなのはウォンカのほうだ。
知らぬ間に、子供の一人が、四つんばいでチョコレートの川をがぶ飲みし始めた。
「さわるな、チョコレートは人間の手にふれちゃいけない・・・」という間もなく、太っちょは、川に落っこちてしまった。ウィリー・ウォンカは、顔を背けた。
チョコレートを吸い上げるポンプが近づき、作動し始めた。ああ、これにあの子供を吸いあげさせればいい。
太っちょはパイプに飲まれた。
ウンパルンパたちが、即興で歌い始めるのをウィリー・ウォンカは、うっとり聞きほれていた。
母親はすっかりパニックしている。
「あの子はどうなるんですか!」
「あれはストロベリーチョコレートの部屋へ行くパイプです。」
「じゃあチョコレートになっちゃうんですか!?」
「それはないでしょう、あなたの子供のチョコレートなんて、誰も買わないですから。安心してください」
あんなに慌てていたのに、そういうウォンカの言葉にはむっとする。
食べさせ放題、母親そっくり、肉屋の父親そっくりに丸々太った子供だ。
ピンクの巨大な船がチョコレートの川岸に到着した。こいでいるウンパルンパたちは、やたら嬉しそうに笑っている。
「何がおかしいの?」
「チョコレートのせいだろう。ああそうそう、君たち、チョコレートには、恋をさせる作用が含まれるのを知っているかい?」
全員が船に乗り込み、ウォンカは、一番高い、最終列に席を取った。隣にいるのは、あの老人と、痩せた子供。他の親子たちを見下ろすウォンカ。
「君たち、死にそうな顔しているじゃないか」と、ウォンカは大きないれものに、チョコレートをひとすくい、さしだした。
「おいしい!」
「もちろん、あの滝で混ぜられたチョコレートだからね。諸君、聞きたまえ、チョコレートで一番大事なのは、よーく混ぜることなんだ」
「その話さっき聞いたわ」と冷たい声がする。
「・・・君たち、イヤに小さいな」
「子供ですもの」
「子供の時だってね、私はそんなに小さくなかったね」
いや、私は認めない。私はこんなに小さくなんてなかったのだ。
「ウォンカさん、子供の時のこと覚えてる?」と切り出したのは、隣に座った痩せた子供だ。
「ああ、覚えているよ。・・・・・・」ととっさに答えたものの、その実、そんなことを思ったことは、長年なかった。なのに、その瞬間、チョコレートもあめも、全て暖炉に投げ捨てられてしまった、あの嫌な記憶が蘇ってきた。
「ウォンカさん、トンネルだ!」
という少年の声に我に返ると、ウォンカは電気をつけるよう命じた。トンネルの中には、さまざまなクリームの部屋がある。牛をムチたたいている部屋を通ると「ここは、ホイップクリームの部屋でしょう?」というのは、すぐ隣にすわっている、あの小さな少年だ。なかなか、物分りがいいらしい。
「ヘアクリームの部屋ですって? 何をするの?」
「そりゃあ、髪の栄養のためですよ」
大人になると、頭がかたくなるものか、くだらない質問をするものだ。
ウォンカは、発明の部屋を見せようと、船を止めさせた。子どもたちが、すぐさまちらばっていくが、ウォンカは自分の発明を見せたくて、皆を呼ぶ。ただし、その発明はどれも実験中で、まだ出来上がってはいない。実験中には、いつも何か不都合なことが起きるのだ。
ひげの生えるお菓子というのもあるが、昨日それを食べたウンパは、全身毛だらけになってしまった。
そのとき大掛かりな機械が動いて出てきたのは・・・
「チューイングガムじゃあないの!」
と、目を輝かせたのは、いつもガムをかんでいる女の子だ。
「このガム一枚で、食事ができるんだ。スープ、ビフテキ、デザート・・・まだ完成していないのだが」
「私、そのガム食べるわ!」
「いや、待て、まだ完成していないんだ・・・・」
まずい。またいつもの「あれ」が出てくるに違いない。しかし、私はもう忠告したぞ。
目を輝かせてガムをかみ始めた彼女を待ってっていたのは・・・
「ブルーベリーのデザートになると、いつも問題があるんだ。いつもそこで青くなって、ふくらんでしまうんだ」
この子は母親とやってきた。母親は、娘が勝利者であることばかり願っている。自分自身は、たいしたトロフィーを持つことがなかった分、娘に全てを懸けているようだ。娘もすっかり、その世界に生きているから、ガムを3ヶ月口の中にいれたまま、記録を作ろうとしているのだ・・・
人の注意も聞かないで「新記録」に目がくらんだ代償は、大きかった。
りす100匹が熱心に働いている、くるみを砕く部屋。
「ウォンカさん、私もアーモンド工場を経営しています、お見知りおきを」と誰かが名刺を差し出したようだが、そんなものには全く用がないので捨てた。
「このリスが欲しい!買ってちょうだい、パパ!」と騒ぎ出した女の子がいる。
「あのリスはうちの従業員です。売り物ではありませんよ。」と言っても、この子は「パパ!」と父親に請い続ける。
父親は「だめだ」と言えないらしく、ウォンカに「いくらですか」としつこい。待ちきれず、わがまま娘は「じゃあ自分でとってくる」と、
子供の小ささを武器に、低い柵をくぐり抜け、リスに近づいてしまった。あのリスは良く働くが、邪魔をすると怒って、危ないのだ。
父親は娘を止めに行くか?少々遅まきながら、そのつもりらしい。しかし、ウォンカは、なかなか柵を開く鍵をみつけられない。そうこうするうちに、訓練されたリスはこの女の子の頭が腐っているのを確認し、ゴミ箱へ放り込んでしまった。ようやく鍵がみつかり、父親も仲よくゴミ箱へ落ちていった。
こんなわがままにしたのは誰のせい?本人のせい?少し。でも、甘やかせた両親のせい・・・・
そうだ、エレベーターのことを思い出した。これで早く工場見学ができる。
「テレビの部屋のボタンをおしていい?」
と言うのは、コンピューターシステムに入り込んだ少年だ。いいだろう、行ってみよう。しかし、こいつはごちゃごちゃうるさいな。
しかも、エレベーターの中から、お菓子の的当てゲームを見て、何と言ったか!
・・・「的に当たっても得点がないなんて、意味がない」だって?
「おかしには、意味がないからお菓子なんだよ」と誰かが言ったようだったが・・・
「お菓子なんか無意味だ」・・・・
それは、父親の言った一言と同じものだった・・・
チョコレートを小さくしてテレビに送り込もうというシステムは、まだ実験中だ。巨大なチョコレートでないと、テレビにたどり着いたときに程よい大きさにならない。もちろん、テレポーテーションだ。チョコレート以外のものを送るつもりは、全くなかったが、コンピューター少年は自分を送り込んでしまった。
テレビ側に出てきた少年は小さくなってしまった。当たり前だ。・・・口と理屈はたつが、テレ・フォン(電話)と、テレ・ポーテーションの区別はついていなかったらしい。
すでに、自分の息子の言うことについていけなくなっていた父親は、おろおろするばかり・・・口ばかり達者で、何かがかけている子供。子供の言うことがわからない父親。父親の力を、いつから失ったのだろうか。
そして、
たったひとり、あの痩せた少年が残っていた。
「じゃあ君だ、君が選ばれたんだ。なんとなく、最初から、そんな気がしていたんだよ!」
ウィリー・ウォンカは、心から、嬉しかった。彼はエレベーターのボタンを押した。
このボタンを押せる日が来ることを、待っていたのだ。
それはエレベーターが「外」へ出るボタンだった。
エレベーターは勢いよく工場を飛び出て、その男の子の貧しい家に到着した。
ぼろやには、なんということか、ひとつのベッドに3人もの老人が寝ているではないか。ウォンカは顔をそむけそうだった。
少年は、両親を紹介してくれたが、またも、ウィリー・ウォンカは、言葉に行き詰まった。「ママと・・・ダディ、ですね」
「この子が、選ばれたのです。私の工場を、差し上げます」
みな、言葉をつげなかった。でも次の瞬間、皆が喜びに包まれていた。
ウィリー・ウォンカは
「チャーリーは、うちに工場に来て、一緒に住んでもらいます」と切り出した。
「もちろん、みんなも一緒にいっていいでしょう」と、少年が尋ねた。
「冗談じゃないよ、君。私は、この成功を、家族なしで築いたもんだ。家族なんて足手まといなもんだよ。君はひとりで来て、私と一緒に住んで勉強するんだ」
すると、少年は、「行かない」と言い出したのだ。
私の工場をそっくりあげようと言うのに?
何故、家族とはなれることくらいで、こんなチャンスを逃すのだろう? ちょっと待て。ああ、そうか、
「チョコレート以外に、いろんなアメだってあるんだよ」
「いいえ、行きません」
ウォンカは、わからなかった。なにがいけないんだ?なぜだ?たった5人の中から、さらにたったひとりのチャンスなのに?
「それは・・・驚いたな・・・全く、期待していなかった事態だが・・・それならそういうことで・・・
さようならだ・・・。」
「・・・本当に、気がかわらないのかい?」
「行きません」
少年はウォンカの想像をはるかに超えて、かたくなだった。
ウォンカは、仕方なくエレベータを出発させた。表情かたくうつむいたまま。
ウォンカはわからなかった。何故、少年が来てくれないのか。ただひとり、工場の中で行方不明にならなかった、聡明そうな子じゃないか。どうして家族ごときのために、こんなチャンスを逃すのだろう。私の工場には、そんなに魅力がないのだろうか? この工場より、あの貧しいあばら家が、あの老人たちがいいというのか?
私の仕事よりも、あの家庭が大事なのか? 私の仕事に、何か手落ちがあったのだろうか? 今まで何も怖がらずに仕事に突進してきたが、私は何か間違っていたのだろうか? 今までしてきたことが、間違っていたのか?
発明の部屋に行っても、もう何もする気がしない。インスピレーションがわかない。製品を食べてみても、なんだかぱっとしない。まずくさえ、感じられる。株も落ちていく。私の才能も、これで終わりなのだろうか?
彼はこっそりと少年に会いに行くことにした。靴磨きの仕事をしている少年のもとへ赴いた。
「ウォンカさん、僕の家族に対して、何かいやなことでもあるんですか」
「いや、ちがうちがう、君の家族に対してじゃあない。ただ、家族なんてものは、ああしろこうしろ、これをするなアレをするな、ってうるさいだけじゃないか」
・・・ああ、家族なしの自由さを、この少年にはわかってもらえないのだろうか・・・?
「でもそれは、子供を守るためでしょう?家族があなたを愛しているからでしょう?」
「愛してる?」まさか?
私を愛していた家族なんていたのだろうか? たとえばあの父親が?怪物のような歯の矯正具をつけさせ、ただ一つのチョコレートも食べさせてくれなかった、あの父親が!?ほんとうだろうか?
「君と一緒なら、確かめに行けそうだ・・・」
ウィリー・ウォンカはついに決心した。長年会っていない父親に会いに行こう。
怖くて仕方がない。だが今日はこの少年が一緒だ。少年は、アパートをみつけてしまった。ウォンカは、患者のふりをして入っていった。
少年が見渡すと、壁には、ウィリー・ウォンカの記事がいっぱいだ。写真もはってある。この父親がウィリー・ウォンカのことをずっと思っていた証。
気付いたのは、父親の方だった。自分の息子の歯ならびを、よくよく覚えていたのだ。世界に一人しかいない息子、世界にひとつしかない歯並びだ。
父親は、この歯を守りたかっただけなのだ。
「ウィリー!?」
「ハイ、ダディ・・・・」
交わす言葉は短い。抱き合っていいものか、まだ、ふたりの間には、数センチの距離がある。どちらも、ぎこちない。父親でなくとも、他人にも、長年触れていないというのに。
しかも、ふたりとも、テブクロをしたままだ。
ウィリー・ウォンカは、いつもの紫のテブクロを、父親は仕事の真っ白なテブクロを。
しかし、ウィリーは、父親の胸に顔をあずけた。
結局、少年チャーリーは工場へやってきた。家族とともに、家ごと、やってきたのだ。
こうしてウィリー・ウォンカにも、家族ができた。
食卓で、チャーリーの年老いた祖母ふたりの間にも、座れる。
「あなたは老人のにおいと・・・せっけんのにおいがしますね。そのにおい、好きですよ」
そんなことも言えるようになった。
貧しかったチャーリーは、工場や、暖かい食卓を手に入れ、ウィリー・ウォンカは、もっといいもの、家族を手に入れた。
おしまい
m(__)m
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